楽曲コンペの弊害

  • 最終更新日:2018.11.06
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  • 雑記
楽曲コンペの弊害

どうも、サッキー(@sakky_tokyo)です。

音楽業界では、新曲を出す際によく「コンペ」という方法が用いられます。

コンペというのは、1つの企画に対して多くの作曲家から曲を集め、その中の1曲を採用するという手段です。

先日の記事で、作曲家側にあまりにもメリットがないため、もう僕はコンペに参加しないということを書かせて頂きました。

今回はその記事とは別の視点で「音楽」それ自体に対するコンペの弊害について考えてみました。

コンペの弊害

先進的な音楽を作ることが絶望的に難しい

コンペは「コンペシート」と呼ばれる発注書のようなものによって募集されるのですが、そのシートの中には参考楽曲や方向性というものが書かれています。

そして作家側はそれを見て、楽曲を制作しますし、実際採用されるのも参考楽曲に似た曲である場合が多いです。

 

しかも、人間は「聴いたことがあるもの」に親しみを感じ、好意を抱きやすいということが心理学的にも提唱されています。単純接触効果と言うらしいです。

これはコンペで採用する側の人も当然ながらこの心理効果に影響されるため、聴いたことがある曲に似ているほど、採用側も好意を抱きやすいということです。

 

つまり、今まで誰も作ったことがないような先進的な音楽や、アンダーグラウンドでしか流行っておらず、採用側も知らないジャンルの音楽は採用されにくいということです。

音圧重視の曲が採用されてしまう

YouTubeがラウドネスノーマライゼーション機能を搭載し、YouTube上では必要以上に音圧を上げる意味がなくなりました

しかしながら、コンペでは未だに音圧戦争は健在。

高クオリティで音圧の低い音源より、それなりのクオリティで音圧が高い曲の方が採用されます。

そしてそのような曲が採用され、YouTube上で公開されたらどうなるかというと、それなりのクオリティで音圧が低い曲になってしまうということです。

ミュージックビデオと楽曲の一体感が出しにくい

そして、YouTubeでのプロモーションが重要視される現在の音楽業界において、コンペで曲を

集めるということは、曲自体で自己完結しているものを集めているということですので、ミュージックビデオとの一体感を一定以上に高めることが難しいのではないでしょうか。

今の時代で重要なのは「音楽があってMVがある」ということではなく「音楽とMVがセットで1つ」であるということだということを、僕はひしひしと感じています。

例えば昨年大ヒットした岡崎体育氏の『Music Video』という曲。

この曲の様に映像とセットで初めて完結させる曲はコンペではなかなか採用されません。

 

今は曲が出来て、歌詞が出来て、ダンスの振り付けが出来て、そしてMVが出来るというように、全体を通してリニア(直線的)なフローを辿って制作されています

しかしながら、もし最初から作編曲家、作詞家、振付師、映像製作者が集まってノンリニアに音楽制作が可能ならばより高クオリティなものを作ることができるのではないか、と思いませんか?

 

しかし、現時点でのコンペシステムでは楽曲自体で完結していないと採用されにくいシステムなので、そのような先進的な制作は難しいです。

 



まとめ

今回はコンペの弊害というテーマで記事を書かせていただきました。

確かにコンペというのはレコード会社にしてみたら無料で大量の楽曲を集められる素晴らしいシステムだとは思いますが、新しい時代の音楽を作っていくためには既存の様式を変えていくことが求められるのではないでしょうか。

ではまた会いましょう、サッキー(@sakky_tokyo)でした!

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