自称「作詞しかできない」作詞家志望は作詞さえも出来ていない。

  • 最終更新日:2018.12.12
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  • 作詞
自称「作詞しかできない」作詞家志望は作詞さえも出来ていない。

 

僕は一応、作曲家として活動させてもらっていて事務所にも所属しています。

うちの事務所では作詞家のリクルートも行っており、その関係で作詞家希望の方のデモを聞く機会があるのですが、「これでよく送ってきたな…」と思うことが結構あります。

10人中7~8人はそんな感じです。

 

履歴書を見ていてわかったのですが、そのような人は自称「作詞しかできない」という共通点がありました。

これってちょっと不思議ですよね。

 

なので、今回は自分なりに、自称「作詞しかできない」人の問題点と、その解決方法を考えてみます。

 

作詞しか出来ない人の問題点

では、僕が実際に「作詞しか出来ない人」の作品を見て、感じた問題点を紹介したいと思います。

他のミュージシャン志望に比べて「学ぶ姿勢」が感じられない

作詞家以外のミュージシャン志望を考えてみますと、例えばギタリスト志望なら何万(場合によっては何百万)とする機材を複数自前で購入し、毎日練習に励みます。ボーカリスト志望でもきちんとした人ならボイトレに通ったり、自前でマイクを購入したりします。

そもそもミュージシャン志望なら「ライブ経験」は必須なので、ファンが付いていなくても自分でノルマ払ってライブをします。

 

それに対して、作詞家志望の方は、最低紙とペンさえあれば一応作詞はできてしまいます。

何万も払わないとスタートラインにすら立てないミュージシャンに比べて、紙とペンで出来てしまう作詞家志望の方のモチベーションが低いのは当たり前ですよね。

作詞家志望の方は自分に対して多額の投資をするその他ミュージシャン志望と肩を並べる覚悟がありますか?

同じように毎日作詞をしたり、学ぶ姿勢を持っていますか?

 

言っておきますが、作詞家だってミュージシャンです

「何となく自分にもできそうだから」と作詞家を目指した人たちは、他のミュージシャンの音楽に対する情熱を目の当たりにして挫折していきます。

そもそも、そんな考えの人の大多数は「他人に評価してもらえる」ことすらなく消えていきます。

世の中に音楽が溢れかえる今の時代、「聴いてもらえる」だけでありがたいことで、「評価してもらえる」なんてかなり稀なことなんです。

何の評価もしてもらえない状況で、自分の欠点に気付くためには「勉強」するしかありません。

そうでなければ、何が駄目なのか全く分からないまま消えていくことになります。

「作詩」と「作文」と「作詞」の区別がついていない

「詞」というのは歌うための言葉です

それに対して「詩」は定形や韻などがある読むための言葉、「文」はそれ以外の文章です。

 

作詞家志望の方が書く歌詞によくありがちなのが、「歌詞だけで意味が完結している」ということです。

 

何度も言いますが、「詞」というのは歌うための言葉です。

なので、字面はいくら良くても歌いにくい言葉は歌詞として不適切。

また、歌詞で多くを語らずとも、人は曲の雰囲気や歌い方でその意味を感じることができます。しかも、(洋楽好きの方を思い浮かべてみればわかりますが)たとえ歌詞の意味がわからずとも、語感が良ければ「何か良い」と思うこともあります。

 

別に作詞では文章力は求められていません。

歌詞は音楽と揃って初めて意味を成すものです。

多少説明不足な点があったほうが良い場合がたくさんあります。

 

音楽に関する理解が乏しい

作詞というのは、音楽に詞を乗せていく作業ですから、音楽に対する理解は必要不可欠です。

言葉のセンスも磨くのも重要ですが、音楽のセンスを磨くことを疎かにしている方が多く見受けられます。

この項ではそんな方にありがちな特徴をまとめてみます。

音楽の三要素を意識していない

作詞家志望の皆さんは「音楽の三要素」って知ってますか?

「メロディー(旋律)」、「ハーモニー(和音)」、「リズム(拍子)」

です。

 

皆さんはこの三要素を意識しながら作詞はできていますか?

「作詞はメロディーに乗せるんだからメロディーの勉強をしていればいいだろ」と思った方はまだまだ甘いです。

作曲家なら殆どの方が理解していますが、同じメロディーでも「ハーモニー」や「リズム」の乗せ方で曲の雰囲気は全然変わります

しかしながら作詞だけをやっていた場合、このような音楽に対する理解が育まれないため、曲に合っていない歌詞を付けてしまう場合があります。

稀に上手くいった歌詞が書けたとしても、プロの世界では常にある程度のクオリティが求められるため、クオリティを保つ観点から言っても、最低でも音の三要素ぐらいは意識しながら作詞をしていきましょう。

 

字脚が揃っていない

字脚」は「じあし」または「じきゃく」と読みます。

これは言葉の持つ音節の数です。

「おはよう」という言葉なら「お・は・よ・う」と分けられるため、4つとなります。

 

これをメロディの音数に合わせることを、「字脚を揃える」または「字脚を合わせる」といいます。

作詞家志望の人にはこれが出来ていない方が多くいます。

恐らく「字脚」の概念くらいは皆さん知っていると思いますが、どうしても字脚が揃えられないのか、勝手にメロディを変えている方がたくさんいます。数カ所だけならメロディの方で修正が出来ますが、あまりに多いとメロディの構造自体が変わってしまいます。

作曲家の作ったメロディは、絶妙なバランスで作られており、一箇所が変わるだけでも意味が変わってしまいます。

できることなら、全て揃えるようにしましょう。

 

また、楽曲制作には「曲先(きょくせん)」と「詞先(しせん)」といって、「曲から先に作る方法」と「歌詞から先に作る方法」があります。

今、J-popで作られている楽曲のほとんどが「曲先」で作られているため、メロディに字脚を揃える能力は必ず必要。

稀に詞先で作られる曲もありますが、プロの作詞家は作曲家が書きやすい用に、詞先であっても字脚は揃えて歌詞を書くのがほとんどです。

作詞家になりたての頃は曲を書いてもらえる人がいないため、歌詞だけ書いてる人が多いと思いますが、この「字脚」が全く揃っていないことが多々あります。

メロディの構造に歌詞が合ってない

メロディには構造があります。

Aメロ、Bメロ、サビは分かるかと思いますが、それらのセクションの中でも、小さいフレーズに分けられるんです。

逆に言えば、それらの小さなフレーズが積み重なってAメロBメロサビという構造が作られ、さらにそれらのセクションが組み合わさって「曲」となります。

 

素人作詞家さんが作る歌詞はその小さいフレーズが意識できていないため、メロディの構造と歌詞の構造が合っていない場合があります

 

例えば16小節のAメロがあり、メロディの構造が「8小節+8小節」なのに、歌詞の構造が「4小節×4」になっている場合など。

またよくあるのが、「サビで同じメロディが繰り返している」のに「一つ一つのメロディで歌詞が違う」という例です。

せっかく作曲家がメロディを繰り返すことで覚えやすくキャッチーにしようとしているのに、歌詞がごちゃごちゃとしてしまうと曲が台無しになってしまいます。

 

一方、作曲家が作詞をする場合はメロディその点がきっちりしていて、メロディと歌詞の構造がぴたりと合致していて非常に覚えやすい。

例えばこの曲。

上の曲はperfumeの『Spending all my time』で、作詞作曲ともに中田ヤスタカ氏です。

これは非常にわかりやすい例ですが、メロディが繰り返せば、歌詞も繰り返しているのがわかるかと思います。

 

語感をないがしろにしている

作詞家志望の方の中には「歌詞で何か面白いことを言いたい」という思いが強すぎて、語感を全く意識していない方が一定数います。

例えばロック系の曲の、最後の一番盛り上がるロングトーンの歌詞が「ん」になっていると、折角のロングトーンの叫びが台無しになってしまいますよね?

 

また、先程も述べましたが、あまりに歌詞で多くを語りすぎるとごちゃごちゃしてしまうという問題。

弾き語りなんかは歌とギターしか無いので歌詞に意味をつめこんでも問題ありませんが、複雑な編曲がしてある曲はメロディ以外にも聴き所が多いので、あまりにも意味を詰め込みすぎると聴き疲れしてしまいます。

そういう時には語感を優先して言葉を選ぶと上手く行くことが多いです。

 


作詞家になるために最低限やるべきこと

先人から学ぶ

ありとあらゆる音楽学習の最初は「すでにある音楽をコピーする」ことから始まります。

 

作詞の場合はコピーしても仕方がないので、「すでにある歌詞を分析」してみましょう。

具体的には「何故この曲はこの歌詞」なのか、「歌詞の構造」や「歌詞とメロディの関係性」はどうなっているのかといったことを踏まえて分析してみましょう。

 

この時に気をつけるのは、「歌詞だけ見て分析しない」ということです。

やっぱり歌詞というのは音楽あってのもの。

音楽と歌詞が互いに影響しあっていることを忘れてはいけません。

また、最近ではYouTube上でミュージックビデオを公開することが主流なので、歌詞とMVの関係性も分析したほうがいいでしょう

 

そして、その分析を文章として残しておくと、後々見返すことができるので便利です。

 

ボキャブラリーを増やす

ボキャブラリーは作詞家にとって必要不可欠です。

様々な文章や歌詞に触れたり、辞書を読むのもおすすめです。

辞書に関しては、類語辞典をオススメします。(『類語辞典・シソーラス・対義語 – Weblio辞書』)

何故類語辞典なのかと言いますと、先程述べたように作詞は「字脚」を揃える必要があるので、そのときに類語辞典があれば便利です。

例えば「かなしい」と書きたいのに、メロディが3音で字脚が揃わない場合、類語辞典で「悲しい」の欄を調べれば「つらい」といった3音で似た表現を見つけることが出来ます。

 

ボーカルに対する理解を深める

当たり前ですが、歌詞はボーカリストが歌います。

なので、歌詞というのは「誰が歌うか」ということを考えて作られています

 

なので歌詞というのはある程度ボーカリストのキャラクターに合わせて作る必要があります。

関西弁の女子なら自分のことを「うち」と言う歌詞でもをOKですが、男臭いロック系ボーカリストが「うち」なんて言わないですよね。

まあ、これは極端な例ですが、多かれ少なかれキャラクターに合った歌詞を書くためにはそのボーカリストを理解しなければいけません。

 

実際に作詞する場合は「誰がこの曲を歌うのか」ということを想定して書きましょう。

 

多少の作曲はできるようにする

さきほど書いた「音楽」と「歌詞」の関係性を手っ取り早く理解するには、実際に作曲するのが一番です。

 

別に作曲家になるわけではないので、手の込んだ曲を作る必要はないのですが、ピアノでメロディとコードだけでもいいので曲を書いてみましょう。

また、作詞家になりたての頃は曲を書いてくれる人もいないと思いますので、そういう意味でも自分で曲を作れるようにすることはおすすめです。

歌詞だけ書くより、メロディに乗せて書いた方がより実践的ですから。

 

録音機材または、ボーカロイドを扱えるようにする。

歌詞を人に伝えるためには文章だけでは不十分です。

最近では楽譜のやり取りではなく、実際に音源でやり取りすることのほうが圧倒的に多いので、歌詞を伝えるためには自分で歌うか、誰かに歌ってもらう必要があります

自分で歌う場合は勿論録音機材が必要となりますし、自分で歌うのは嫌だけど、頼む相手もいない、という場合にはボカロが一番いいでしょう。

また、人に歌ってもらう場合でも、歌ってもらう方に歌詞の乗り方の参考として自分で歌ったり、ボカロに歌わせた音源を送る必要がありますので、いずれにせよどちらか片方は扱える必要があります。

 


まとめ

色々と書きましたが、参考になりましたでしょうか。

作詞家志望はかなり多く、実際に作詞家になれるのは一握り、さらにそこから稼げる作詞家になるには更に厳しい戦いです。

一歩抜きん出た作詞家になるためにこの記事が皆さんの参考になれば幸いです。

 

それではまた会いましょう。サッキーでした。

 

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